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2012年4月28日 (土)

眠れる森

読み切りの短編ですー。

お友達が描いていたマンガに触発されて書いた
樹海であやかしに出逢った、的な物語。

     「眠れる森」

 顔に落ちる水滴の冷たさで目が覚めた。
「あ」
 なかばうつ伏せになっている身体の下は、
ごつごつとした岩だらけで、どこかを打ったのか、
冷たい湿り気のせいか、あちこちに関節が痛い。ここは――どこだ?
 慌てて起き上がったけれど、視界は白くかすんで
遠くを見通すことは出来なかった。霧だった。
 傍を水が流れている。岩場を切れ切れに落ちてくる流れは、
川と呼ぶほどのものではなかった。けれど少し水量が増えれば、
俺は気を失ったまま、浅い水たまりで溺れ死んでいたかもしれない。
 そう考えるとぞっとして、俺は川原から離れようとした。
身体中がこわばってうまく動かない。数メートル這って振り向くと、
岩場にはジャージにウインドブレーカーを重ねたヤンキー兄ちゃんが
うつ伏せに倒れていた。どう見ても俺だった。
俺はもがきながら仰向けになって、両手を持ち上げた。
半透明の、霧に溶け込みそうな手だった。
「うわっ!」
 俺は叫んだ。背中はごつごつとした岩に当たっている。
なんだ、なんなんだよ、これッ。
「落ち着いて」
 傍で低い優しい声がして、俺は思わずそいつにしがみついた。
学生服の中身は華奢な骨格――確かな存在感に、ほっとする。
「俺……」
 顔を上げて言いかけて、俺は息を呑んだ。
学生服の上の顔は、ヒゲ面のおっさんだったからだ。
「うわ……あ……」
 言葉にならずに口をぱくぱくさせて、もう一回見た。
顔は、頬と顎にこびりついたヒゲのせいで老けて見えるが
せいぜい三十過ぎで、痩せてる割には整った目鼻をしていたけれども、
でもどう見ても学生服を着るようなトシじゃなかった。
「混乱してるんだね。無理もない」
 俺の肩に左手をかけたまま、彼は哀しげに笑って右手で頭上を指さした。
霧とも雲ともつかない白いもやもやとした気体の高い部分に、光る円があった。
太陽のようだけど違う――穴だ。
「君はあそこから落ちてきたんだよ」
 〝落ちる〟という単語に頭がズキンと痛んだ。
そうだ、俺――バイクで走っててガス欠になって――
山道を歩いて下りようとして、迷って、それで――
 俺は少し離れた所に倒れている、もう一人の俺を見た。ぴくりとも動かない。
「俺……死んだのか?」
 学生服の男も、向こう側が少し透けて見えた。きっと幽霊か死神だ。
だったらそれが見える俺も同類だ。
 彼は淋しく笑った。
「それを願ったから、ここに来たんじゃないの?」
「願った……?」
 ズキンと痛んだのは、今度は頭じゃなく胸だった。
そうだ、少しずつ思い出してきた。
死んでもいいや、とずっと頭の奥の方で考えてた。
自殺の名所の樹海の道路を、猛スピードでバイクを飛ばして、
残量を忘れてガス欠になって、バイクを捨てて樹海に入り込んだ。だって。
〝ごめんね、大樹(ダイキ)〟
 歪んだ曽良(ソラ)の顔。親友だと思っていた相手が、
実は自分を抱きたくて抱きたくて狂いそうになってると知って、
驚きを隠そうともせずに俺から目をそらした。
〝おまえには一生応えてやれないと思う。
どうしても、感覚的に受け入れられないんだ〟
 その反応は最初から予想してた。
だから傍にいるだけで満足しようと思ったのに――バカだ、俺は。
「そうだ。こんな俺なんか死んじまえって思った。俺は……死んだんだな」
 俺は学生服の男の胸で少し泣いた。
そして大きな岩になんとなく並んで腰かけた。
「君はまだ死んでないよ」
 男は、中年には似合わないあどけない口調で言った。
「亡くなったひとは、堕ちてくるなり流されていって、
霧の向こうに見えなくなってしまう。
言葉をかわす暇もないひとも、たくさんいたよ。
でも君は飛ばされてゆかない。まだつながっているんだ」
 ふと見下ろすと、へそのあたりから白い太い管のようなものが出ていて、
倒れている身体まで伸びていた。命綱、そんな感じだった。
「じゃあ……あんたも幽霊じゃないんだな?」
 男の学生服の裾からも白く光るものが垂れて霧の向こうに続いていた。
でもそれは糸よりも細かった。
「そうなんだろうね。最初は君ぐらいの年齢だったけれど、
姿はどんどん年を取ってしまってるから……
どこかで生きてる身体を、映しているんだろうね。
あれから何年たったんだろう……」
 ふうっと男はため息をついた。中高生でここで死にかけて、
おじさんになるまでの間、彼の魂はずっと霧の中をさまよっていたのだろうか。
中身は多分少年のまんま。
「あんたもここで……自殺を?」
 口ごもりながら俺が訊ねると、彼は曖昧に微笑った。
「一緒に死のうって言われたんだけどね……」
「好きな奴いたんだ?」
 彼の透きとおるような表情に惹かれて、俺は一歩踏み込んだ。
けれど彼はゆるゆると首を振った。
「もう終わった話だよ。ずっと昔の話」
「でもあんた、生きてんじゃねえか!」
「でも魂は樹海の幽霊。君ももしかしたら僕と同じになるのかもね」
 空虚な黒い瞳と目があって、俺はなんとなくぞっとした。
こんな哀しみを俺は知らない。
自分の考える〝死〟のあさはかさに、俺は恥ずかしくなった。
一回フラれたから死のう、なんて俺はバカだ。
 曽良は俺がなるべく傷つかないように言葉を選んでくれた。
親はこんなバカ息子でも叩き出さずに面倒みてくれる。
ジャンプの続きも読みたい。腹が空いた。
バイクのキー、差しっぱなしだった。畜生。
 ぐっと前のめりに引っ張られる感覚があった。
抜け殻の身体の方に引き寄せられる。彼がふっと上空を見上げた。
「帰る方にお迎えが来たみたいだね」
 月の形をした天の穴から光の束が射し込んできていた。
間抜けなツラした身体ともども絡め取られる。
俺は必死に腕を伸ばして彼の肩を掴んだ。
「あんたも来いよ。こんなとこ、残っちゃダメだ」
「無理だよ。もう僕なんか、戻っても仕方ない。
そのうち身体が死ねば、あっち側にゆける……」
「諦めんなよ!」
 俺は彼の顔に、顔を伏せた。実体の感覚はなかったけれど、
ほのかなぬくもりを唇に感じた。
「俺は――俺だったら、あんたで構わない!
見た目おっさんの中身中坊でも受け止める。
そんな男になれるよう頑張る。だから――」
「気持ちだけでいいよ。ありがとう」
 笑顔――とても綺麗な笑顔が、眼下に遠ざかっていった。
「―――ッ」
 呼ぶ名前すら、俺は知らないままだった。

「でも良かったよ。命に別状なくって」
 俺が入院した翌日の昼、
紙袋いっぱいのみかんを見舞に持ってきた曽良は、
以前と変わらないさばさばした表情だった。
「落っこちたのが沢だったから軽傷で済んだけど、
あのまま意識がないまま岩場で倒れてて、
水量が増えるようなことがあったら、山で溺死だったんだろ」
「はいはい。沢登りが趣味のじいさんが朝っぱらから出かけてくれて、
俺は命拾いしましたよ」
 足の骨にヒビが入ってたのと、一応頭の検査ということで
入院ってことになったけど、数日で出られるだろうという話だった。
もちろん松葉杖だけど。
「でも良かったよ。それぐらいで済んで」
 曽良がみかんを一個放ってくれて、自分も立ったままむき始めた。
ああ、と俺はうなずいた。
曽良は俺がヤケを起こした原因を知ってる。知ってて話せない。
そんな辛い気持ちに追い込んだのは、俺だ。
「ごめん。心配かけて」
「いいよ。どのみち……友達の縁は切れないだろうって思ってた。
共通の友達多いし、別に……嫌いとか憎いとかじゃないしさ」
「うん」
 俺はみかんを二口ぐらいで呑み込んだ。
曽良の精一杯の優しさに感謝したいけれど、俺には少し酸っぱかった。
「でも良かった。元気そうで」
 曽良がしみじみともう一度言った。
「同じことばっか言うなよ。心配症のジジイみたいだぞ?」
「えー。だってここ、あの高校生……いや、元高校生がずっと入院してる所だろ?
イヤでも思い出すし、かぶっちゃうんだって」
「何の話だよ。訳わかんねえ」
 俺は思わず座り直した。足が痛んだけど、なんとなく姿勢を正したくなったのだ。
「ああ、加害者の実家?が近くて、うちの近所じゃまだ結構有名な話なんだけど
……俺らが生まれた頃の話になるのかな……男子高校生が同級生に刺されてさ、
丁度おまえが見付かった沢の近くで」
「殺人!?」
「いや、それが命は助かったんだけど、ずっと目が覚めないんだよ。
十数年ずーっと。だから俺、大樹がそんな風にならなくて本当に良かったと思って」
「十数年……意識が……」
 夢の中のような風景が、頭をよぎった。
「俺……そのひとに逢った、と思う」
「なんだって」
 覗き込む曽良の表情は、明らかに俺の頭の中身を心配していた。
「戻れないって言ってた。哀しそうだったよ」
 俺はもどかしく松葉杖を掴んだ。彼がこの病院にいるかもしれない。
そう思うだけで心臓が破れそうだった。
「大樹!まだ安静なんだろ、バカッ」
 慌てて曽良が車椅子を借りてきてくれて、俺たちはとりあえず病院の庭に出た。
落ち着けよ、と曽良がため息をついた。
「死にかけてユーレイ見たのかもしれねえけど、探してどうすんだよ、
植物人間なんだぜ?」
「ワリい。確かめたいだけなんだ」
 見上げた明るい空の隅で、ちかりと光る筋があった。
細く細く、五階の窓につながっている。
「曽良。あそこに」
 渋々連れていってもらった五階の病室は個室で、
俺たちは看護師の目を盗んでそろりとドアを引き開けた。
薄い身体がベッドに乗っている。彼だった。
学生服ではないけど、数段やつれた印象はあるけど、彼だった。
眠っているように見えるけど、
魂がここにないせいだという答えもありえるように思える。
 俺が彼を見つめている間、曽良は何も言わずにいてくれた。
俺はようやく訊ねる勇気を絞り出した。
「刺されたって誰に?」
「同級生。カツアゲされて、家の金に手を出したんだって。
バレてモメた挙げ句に……って。
相手のヤローは捕まったけど、高校生だから何年かで出てきたって」
「そっか」
 透きとおるような彼の表情を思い出す。
イジメと恐喝の果てに殺されかけた者の恨みなんか、
まったく感じさせなかった。
彼はそいつを愛していたんだろう。
捨てられた絶望がすべてを洗い流してしまうほどに。
「でさ、そのワルは出てきたあと、他の女に同じように貢がせてさ、
今度は自分が刺されて死んだんだってよ」
「因果応報とかいうヤツか」
「おいおい四字熟語なんか使うなよ。熱でもあるんじゃないのか?」
「バカにするなよ。それぐらい知ってる」
 俺は車椅子を支えによろよろと立ち上がった。
 色々な管につながれた無精ヒゲの痩せた男の身体からは、
細い光の糸が出て、壁の向こうに消えている。
まだ――つながっている。この先に〝彼〟がいる。
 マジかよ、と曽良が呻いた。
「さっきから壁見てニタニタしちゃって……
まさか死にかけて〝見える〟体質になっちまったのか?
病院の中って、うようよいるんじゃね?」
「さあ……ほかは見えないけど」
 これが触れ合った結果のささやかな奇跡なのだとしたら、
俺はこの糸を辿って逢いにゆける。
足を治して、この体を背負って、あの樹海で逢おう。
名前も今は解る。峯 岳史。 
峯、あんたにとって現実は辛いことばっかりだったかもしれないけど、
俺はあんたを受け止めてみせる。
俺は王子様じゃないけど、
キスが必要なら何度でもしてやるから――戻って来いよ。
ちょっとおじさんだから、眠り姫って呼ぶのは、抵抗あるけどさ。

               〈 眠れる森  了 〉

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